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患者様にインタビュー

 
救ライ奉仕団
(昭和30年代後半、韓国ショウロク島へ)




父良逸(前院長)が平成18年年4月に他界しました。
院長室を整理していると、整理棚から写真集が出てきました。


この写真集は、いまから40数年前(昭和30年代後半)、
父良逸が救ライ奉仕団の一員として韓国のショウロク島に渡り、
ライ病患者の人々の歯の治療を行ったときのものです。


私がちょうど4〜5歳位の頃で、記憶の片隅に当時のことが残っています。

団長の故梅本先生(元岐阜歯科大学(現朝日大学)学長)、
父の師匠である故後藤美基先生(元大阪府歯科医師会会長)など、
お世話になった先生方元気そうなお顔が写っています。

本当に懐かしい限りです。


この当時、ライ病は不治の病といわれていました。

生きる望みを失いただ死を待つ人々、
世間から隔離され絶望と孤独の中で生きている人々、
このような人々に、自費で渡韓し歯科の治療を行う、
すばらしい奉仕活動ですね。


当時、多くの市民の方から激励のハガキが山のように来たと聞いています。
医療のあり方の原点を改めて考えさせられることだと思います。

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ショウロク島のライ病患者病棟










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向かって左端が故梅本先生

向かって右端が父良逸









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 最前列向かって左端
       故後藤美基先生







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病院の正面写真







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輸送は米軍機で






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                                         島の日常
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漠然と、親の後を継ぎ
歯科医師になった私ですが、
改めて父を尊敬するとともに、
新たなる意欲がわいてきました。

写真のむかって右側におられる
故後藤美基先生は、
父の歯科医師としての
師匠であるとともに、
私の剣道の師匠でもありました。


偉大な先人の方々に負けないように
日々の臨床に取り組んでいきたいと思います。